第21話 処刑台での攻防
 処刑台の上に立ったナギサは、そろりと板の上に右足を置いた。右足を乗せた、薄くて長細い処刑台の板は、今にもぱきりと真っ二つに折れてしまいそうで、心許ない。ナギサは処刑台の上を、そろりそろりと足を進めた。

「来るな!」

 二、三歩、処刑台の上を歩いたところで、処刑台の一番端に立っていたヴェンがナギサに向かって声を荒らげた。その表情は、切羽詰まったような、必死な表情をしている。

「来るな。……それ以上こっちに来たら、俺はここから飛び降りる」

「……ヴェン」

 それは困る。ヴェンに死なれてしまってはここに来た意味がないのだ。なにせ、ナギサ達はヴェンを死なせないためにここに来た。どうしたものか。困ったわね。と、ナギサは頬に手を当てた。

「それは、ディヴァイン神殿であんなことがあったから?」

「……」

 ヴェンからの返事は無く、口を閉ざしたままだ。肯定ということだろう。と、ナギサは判断する。

「ヴェンが何者か分からないけれど。……何者であっても、私はヴェンに生きていてほしいわ」

「……」

「私には貴方が必要よ。ね、ヴェン? ずっと私のボディーガードでいてくれるんでしょう?」

 ナボディーガードになる、とヴェンがナギサに告げたあの日の映像がナギサの頭で再生される。そしてあの日。ナギサは誓ったのだ。ヴェンが何者であろうと、何者であったとしても。ナギサは1人の友人として、一人の人間として、ヴェンのことを受け入れようと。

「……それでも、俺は、戻れない」

 ヴェンが苦しげに、絞り出すような声で言葉を発する。

「お前達を、お前を危険に晒すわけには、いかない……!」

 苦しげだけど、熱い。決して揺るがない、決意のこもった瞳だ。そんな瞳で見つめられたナギサは、言葉に詰まり、何も言えなくなる。
 ヴェンの意思は固い。その揺るがない決意を、どうすれば覆すことが出来るのか。ナギサには、その方法が分からなかった。

「……けないでよ」

 小さいけれど、身体の奥底から絞り出したような、煮えたぎった声。その声は、震えていた。 言葉を発したのは、二人の様子をナギサの後ろで黙って見守っていた、リースだ。

「ふざけないでよ! あんた、私が一番欲しいもの、貰ってるくせに! 持ってるくせに! それなのに!? ……勝手に死ぬ?」

 リースの怒声が響き渡る。リースがこんなにも怒っているところは、初めて見た。ナギサは呆気にとられた。ヴェンも翡翠も、同じように呆気にとられている。

「そんなこと、絶対に許さない!」

 キッ、とリースがヴェンを睨み付けた。発した言葉通り、“絶対に許さない”とリースの瞳に書いているような、強い強い、意思の籠った瞳で。

「翡翠さん、あのバカ、眠らせることはできますか?」

「あ、ああ」

 くるり、と首を後ろに回し、リースは後ろに立っている翡翠に言葉を投げた。リースの怒声に驚いたのだろう。呆気にとられていた様子の翡翠は、リースに声をかけられて、はっ、と我に返った様子だ。

「出来るが……」

「じゃあ、それで! お願いします!」

「わ、分かった」

 翡翠が首にかけていた数珠を目の前に掲げ、呪文を唱え始めた様子を見て、リースは首を前に戻す。リースは両手を腰に当て、ふん、と鼻を鳴らした。

「無理やりにでも、連れ帰ってやる!」

 なんて頼もしい友人なのかしら。良い友人に恵まれて、良かった。と、ナギサは感謝した。