第3話 中立の街

 子供の甲高い泣き声が響き渡った。その後、青年の荒々しい怒号が続く。

「またあいつ、騒ぎを起こしてるんじゃない?」

 リースが呆れたように肩を竦めた。

「急がないと。オーディアス卿が来ているのかもしれないわ」

 ナギサの顔が強ばる。ナギサとリースには、何が起こっているのか分かっているようだ。 

 ナギサとリースが声がした場所に到着すると、中年ぐらいの鎧を着た男と、銀髪の派手な赤いコートを肩に掛けた青年が睨み合っていた。今にも取っ組み合いになりそうな雰囲気だ。
 その2人の近くにいる小さな子供が赤い目から大粒の涙をぼろぼろ零し、泣きじゃくっている。6歳ぐらいだろうか。子供は鎧を着た男性2人に腕を掴まれており、引っ張られて連れていかれそうになっているが、足で踏ん張って必死で抵抗している。

「その子供を連れて行け。“破壊者(ネメシス)”かもしれんからな」

「…おい、まてよ。そいつは確かに“赤い目”だが、だからと言って“破壊者”と決まった訳じゃねェだろ!」

 中年ぐらいの鎧をきた男に、派手な赤いコートを羽織った青年が食ってかかる。青年が喋る度に銀色の短い髪が揺れ、今にも胸ぐらを掴みそうな勢だ。
 その青年の様子を見た中年ぐらいの鎧を着た男は、フン、と馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「赤い目を持つものは“破壊者(ネメシス)”かもしれん者だ。排除しておくことに越したことはない」

 「連れて行け」と鎧を着た中年ぐらいの男が、男の後ろにいる部下らしき人々に声をかける。はっ、オーディアス様!と部下らしき人々がびしりと声を張り敬礼をした。

「おい!そ……」

「お待ちください、オーディアス卿。その子供は破壊者“ネメシス”と決まった訳ではありません」 

 青年の声を遮って、ナギサが声を上げた。オーディアス卿と呼ばれた男と、その後ろに居た部下らしき人々が、一斉にナギサを観る。 オーディアス卿は、ナギサから隣に居たリースに流れるように目を向けた。

「これはこれは。救世主(メシア)様に、ドルセット家のリース様」

「私からもお願いです。どうか、お待ちいただけませんか」

 リースが焦った声で、オーディアス卿に畳み掛けるように願い出た。

「救世主(メシア)様とリース様の仰ることはごもっともです。しかし。こちらとて、世界を滅ぼすかもしれない者を野放しにするわけにはいきませんなあ」

「だから、まだそうと決まったわけじゃねェだろが!」

「ヴェン、抑えて」

 ヴェンと呼ばれた青年は、ナギサの言葉に不服だと言わんばかりに、チッと舌打ちをした。
 リースがナギサの耳元に口を寄せ、ひそひそと小声で話しかける。

「どうするのナギサちゃん。このままだと本当に、あの子、連れていかれちゃうよ」

「困ったわね……」

 ナギサは右手を頬に当てた。困ったと言っているが、どこかのんびりとした口調で、余裕があるようにも見える。

「困りますな、オーディアス卿」

 凛とした男性の声が、ナギサ達の間を流れる空気をぴしりと割り切った。

「キンドレッド卿、」

「この街は私の管轄内の筈。勝手な行動は……困りますな」

 キンドレッド卿と呼ばれた男性が、ぴしりとオーディアス卿に釘を差す。オーディアス卿は何か言いたげに、口を閉じたり開けたりした。

「それにこの街は、ユニティ。洋人(フィニス)も和人(イニシオ)も関係なく住める、どちらにも偏らない中立の街ですぞ」

 キンドレッド卿の凛とした透き通った声がぴしりと響く。その言葉で何も言えなくなったオーディアス卿が、悔しそうに唇を噛んだ。

「……その子供を解放しろ」

 オーディアス卿は渋々というような、喉の奥から絞り出した様な声で、子供を引っ張っていた部下らしき人々に命令した。それから直ぐにくるりと背を向け、歩き出した。オーディアス卿の部下らしき人もそれに続き、嵐のように去っていった。オーディアス卿達が去る様子を見届けていたキンドレッド卿は、颯爽と踵を返しナギサ達の元から去っていった。
 オーディアス卿の部下から解放された小さな男の子は、「ヴェン兄ちゃん!」とヴェンに駆け寄り、ヴェンの腰にひし、と抱きついた。

「キンドレッド卿のお陰で助かったね」

 リースは緊張を解くように、すとん、と肩に入れていた力を抜いた。

「そうね。一時はどうなるかと思ったわ」 

 ナギサも頬に当てていた手をすとん、と下ろし、余裕があるように見えたが、緊張していたようだ。

「それにしても、クルセイド軍って本当に怖い。赤い目だってだけで、牢屋行きだもんね」

「違いねェ。オーディアス卿はこの街の和人と洋人のどっちにも付かねェ中立ってやり方にも、文句があるらしいからな」

「だからああやって、キンドレッド卿の目を盗んで監視しに来やがる」

 いけ好かねェ奴らだ。ヴェンは不愉快そうに顔を歪めた。

「あんたも、ちょっとは考えて行動しなさいよね!」

「しょうがねェだろ。黙って見てろって言うのかよ」

「そうじゃないけど。あんたみたいなのが、救世主(メシア)様の護衛とか。先が思いやられるわ」

「うるせェ」

 リースとヴェンの言葉の掛け合いも、ナギサにとっては見慣れたものだ。喧嘩をするように言い合っている2人とは対照的に、ナギサは微笑ましそうにふふ、と笑った。