第18話 似た者親子
 すう、すう。
 規則正しく胸が上下する。そんな翡翠の様子を見て、リースはほっと息をなで下ろした。そろりと足音を立てないようにふすままで移動して、そーっとふすまを開け、ふすまの外に移動してから、またそーっとふすまを閉める。

「リース、翡翠様は?」

 リースの背に声がかかる。心配そうな声。ナギサだ。リースはくるりと踵を返し、にこりと笑って見せた。

「大丈夫。眠ってしまったわ」

「そう。良かった」

「そうですか……」

 リースの言葉を聞いて、ナギサは安心した。すとんと肩の力が抜けたようだ。対して出雲は、眉を若干寄せ、どこか複雑そうな表情になった。

「きっと、疲れてしまったのでしょう。“泣く”ことは、あの子にとって初めての経験でしょうから」

「翡翠様は、今まで泣いたことは?」

「ありません。5年前、あの子を生み出してからずっと」

 「5年前」という言葉を聞いたリースが「えっ」と驚いたように声を上げる。

「5年前? 翡翠さん、5年前に生まれたんですか?」

「そうです。20歳程度に見えますが、実際は5歳といったところでしょうか」

「まあ……」

 ナギサは驚きの息を漏らした。

「私は、どうしても救世主(メシア)の護衛に私の半身を付けたくて、5年前、あの子を生み出しました。生まれたあの子は私の期待通りに努力し、里1番の実力者となりました。しかし……」

 出雲の膝に乗せられた両手が、ぎゅっと握られる。

「生まれたあの子への兄弟子達からの風当たりは強く、気味悪がれ、“人形”と罵られてしまいました。あの子には私の勝手な都合で辛い思いばかりさせてしまいました」

 出雲の伏せられた両目が、畳の端を映す。

「あの子に過度な期待を寄せてしまったのではないか、あの子を生み出してしまって良かったのかと……」

「ふふふ」

 出雲の話の途中だったが、それを遮るように。思わず、リースの明るい笑い声が漏れた。

「リースさん?」

 出雲が不思議そうに。そしてどこか不安そうに。リースを見つめる。

「翡翠さんも同じこと言ってました。“師匠の期待に答えられるのか”、“自分は生まれて良かったのか”って」

「そんなことを、翡翠が……」

「出雲さんと翡翠さん、“似た者親子”ですね」

「似た者親子……」

 出雲は目を丸くさせ、ぱちりぱちりと、瞬きを繰り返す。ナギサはリースの言葉に同意したように、うんうん、と首を縦に振った。

「そうね。リースの言う通りだわ」

「……“親子”に見えますか? 私と翡翠が」

 出雲は期待と不安に揺れる瞳で、ナギサとリースを見つめた。

「「それはもう」」

 即答だった。まるで合わせたように、ナギサとリースの言葉がぴったりと合わさった。

「そうですか……。私と翡翠が“親子”……。“似た者親子”……」 

 出雲は言葉を噛み締めるように、“親子”という言葉を紡ぐ。

「出雲さんは翡翠さんに血を分け与えられて作られたんですよね? だったら……」

「紛れもなく“親子だわ”」

 それが例え、作られた存在だったとしても。とナギサの言葉が続く。

「“親子”と言われたのは初めてです。ですが、その通りですね。私と翡翠は“親子”」

 穏やかな表情で出雲は言葉を紡ぐ。嬉しそうな、暖かい表情だ。

「そうだ!」

 何かを思いついたような。リースは声を上げた。

「翡翠さんにも教えてあげたらどう? 出雲さんが翡翠さんと同じことを思い悩んでた、って」

「そうね。教えて差し上げましょう。よく似た“親子”だって、ね」

 ナギサとリースは、顔を見合せた。きっと、“似た者親子”だと知った翡翠は、驚いたように目を丸くさせて、ぱちりぱちりと瞬くだろう。出雲と同じように。翡翠の様子を想像しながら、2人はまるで悪戯をする子供のように、にんまりと笑った。