第15話 行方
「皆さん、大変です! ヴェンさんが部屋に居ません!」

 ばん、と音を立ててふすまが左右に開かれたと同時に紫苑(しおん)が現れた。急いでここまで来たのだろうか。紫苑(しおん)は、はあはあと息を切らしている。

「……ヴェンが?」

「それは本当ですか。紫苑(しおん)?」

「はい、本当です。出雲様」

 出雲の問に、紫苑(しおん)はこくりと頷いた。

 「……だろうね」

 驚いた様子で紫苑(しおん)に言葉を返すナギサと出雲。驚いている様子の2人とは違って、リースは落ち着いた様子で呟く。

「……リース?」

 リースは何か知っている。ナギサはそう確信した。

「言っとくけど、あたし、引き止めたから。あいつを。……けど、あいつ、あたしの言うことなんにも聞かないんだもの!」

 リースは怒った様子で両手を腰に当て、一気にまくし立てた。そして、その後ぷい、と顔を横に逸らした。

「そうだったの……。それで、ヴェンは、」

「多分、あの人のところ。……オーディアス卿」

「そんな! じゃあヴェンは!」

 オーディアス卿。ナギサは彼が異常に思える程、熱心に破壊者(ネメシス)を探していることを知っている。そして、その破壊者(ネメシス)候補の人にどんな扱いをしているのかも。そんな彼の元に、破壊者(ネメシス)の可能性が高いヴェンが自ら向かったのなら、

「……自ら死にに行くようなものですね」

 そう。出雲の言う通り、自殺行為だ。

「恐らく、クルセイド軍はヴェンさんが破壊者(ネメシス)であると断定しているでしょう。何らかの証拠を抑えた可能性があります。そんなクルセイド軍の元へヴェンさんが向かったのなら、」

 出雲はそこで言葉を切った。その後に続く言葉をナキザは知っている。けれど、その言葉を否定して欲しい。願うような気持ちで、そろりとナギサは口を開いた。

「……ヴェンは処刑される?」

 ごくり。その場に居た誰かが唾を飲み込む音がした。ナギサは伏せ目がちに、ゆっくり出雲に視線を移した。

「……その可能性が高いでしょう。……しかも、ただの処刑じゃ無いかもしれません」

 出雲の口から肯定の言葉が返ってきてしまった。予想していたとはいえ、ナギサは少なからずショックを受けた。 その上、ただの処刑じゃないとは。洋人(フィニス)過激派で破壊者(ネメシス)の撲滅(ぼくめつ)を目論んでいる、オーディアス卿のやりそうなこと。ナギサにはその答えが分かってしまった。

「……公開処刑」

「あのオーディアス卿のやりそうなことね!」

 ぽつりと呟いたナギサの言葉に素早くリースが反応し、声を張り上げて同意した。やはりリースも同じ意見だったのか。
 ショックを受けていても仕方がない。ともかく。一刻も早く、ヴェンを連れ戻さないと。ナギサは気持ちを切り替えようと、すう、と息を吸った。

「そうね。ともかく、早くヴェンを連れ戻さないと」

「では、翡翠にも手伝わせましょう」

「そうですね! 翡翠さんにも一緒に来てもらいましょう」

 ぱん、と出雲が手に持っていた扇子を畳む。出雲が部屋の出入口であるふすまに目を向けると、人影がふすまに映っていた。

「翡翠、入って来なさい」

 出雲がふすまに向かって声をかけると、すーっと静かな音を立てて、ふすまが横に動いた。開かれたふすまから現れたのは、翡翠だ。それから翡翠は一言も喋らず、静かな足音を立てながら足を進め、部屋に入ってくる。

「翡翠様」

「翡翠さん! 今ちょうど翡翠さんの話をしていたんです」

 ナギサとリースが翡翠に話しかけるが、翡翠は黙ったまま。俯き、目は伏せられているので視線が合わない。

「あのバカ、ヴェンがオーディアス卿のところに1人で行ってしまったんです! 一緒に連れ戻しに来てもらえませんか?」

「……私は……一緒には行けない」

 翡翠の声はいつも凛としているが、翡翠らしくない、か細く弱々しい声で言葉が返ってきた。

「え!?」

「……どうして、かしら?」

 一緒には行けない。その言葉に驚いたリースとナギサは困惑する。

「私は……破壊者(ネメシス)を封印するために作られた存在だ。その筈なのに、私の術は効かず、私はなんの役にも立てなかった。……やはり私が“人形”だからだ」

 翡翠の声はどんどんか細く、弱々しいものに変わっていく。もしかしたら、泣いているのではないか。と思ってしまう程に。

「……私ではお前達の役には立てない!」

 言葉を言い切ると、ナギサ達を見ることをせず、翡翠は足早に部屋を走って出ていってしまった。

「あっ! 翡翠さん! 待ってください!」

「翡翠様!」

「翡翠!」

 慌ててリースが翡翠の後を追って、走って部屋を出ていく。ナギサと出雲も翡翠の名を呼んで翡翠を呼び止めようとするが、翡翠は戻って来なかった。