第23話 必要とされるということ
 黎明(れいめい)の里。綺麗に整えられた中庭に、ヴェンは佇んでいた。

「皆のところには行かないのか?」

 声をかけられ、ヴェンははっ、と思考の渦から抜け出した。誰かが近づいてきていたことにも気づかなかった。とヴェンは思う。下を向いていた顔を真っ直ぐに戻すと、そこには翡翠が立っていた。翡翠は、真っ直ぐにヴェンを見つめている。宝石のような綺麗な翡翠色の瞳が、キラリと輝き、その澄んだ瞳にヴェンを映していた。

「行かねェよ」

「何故だ?」

「何故って……合わす顔がねェ」

 ヴェンは俯いた。処刑台の上でナギサ達と対面してから、翡翠の術で眠らされ、そのまま黎明(れいめい)の里へ連れて来られた。強制帰還と言えるだろう。絶対にナギサ達の元へ戻らない。戻るぐらいなら死ぬ。と心に決めていたヴェンは、どんな顔をしてナギサ達と顔を合わせていいのか分からなかった。

「……何を迷うことがある?」

 ヴェンの心の葛藤を見透かしたように、翡翠がヴェンに問う。

「お前が何に怯えているのか分からないが……何を迷うことがある?」

 その理由が全く理解出来ない。翡翠の顔にはそう書いてあった。そんな様子の翡翠に、ヴェンは苦笑した。

「俺の周りにいる奴は、みんな不幸になるんだ」

「不幸に?」

 そうだ。俺のせいで、父様はあんなことになった。母様も。

「……だから、俺は生きていてはいけない存在だ」

「そのようなことは無い」

 ヴェンの言葉を、きっぱりと翡翠が否定する。迷いのない、真っ直ぐな、澄んだ声だ。

「お前は必要とされている。ナギサや……リースにも。あんなことまでして、お前を迎えに行ったんだ。生きていてほしい、と」

 ナギサやリースが来てくれなかったら、ヴェンは処刑されていただろう。けれど、ヴェンはそれを受け入れるつもりだった。そうされても仕方がない存在だと思っているから。けれど、同時にナギサやリース、翡翠が止めに来てくれて嬉しかった。そう思ってしまう自分は、許されるのだろうか。とヴェンは心の中で葛藤する。

「お前は、必要とされている。ナギサやリースに」

「それは、そうだけどよ、」

「……ならば、必要とされているならば。ここに居ても、生きていても、なんの問題も無いはずだ」

「……」

 翡翠の言葉に、ヴェンは何も言葉を返すことができなかった。すんなりと頷ける自分であったら良かったのに。素直に「そうだな」と言葉にできる自分であったら良かったのに。とヴェンは思う。

「あいつら……お前も、 危険な目に合わせてしまうかもしれねェのに?」

「そうだ。その時は、ナギサやリースはお前を助けようとするだろう。もちろん、私も助力しよう」

 ふわり、と花が咲くように、翡翠が微笑む。俺が知らない内に、そんな顔もできるようになったのか。とヴェンは驚いた。

「今度は“人形”などと、言わせない」

 どこまでも真っ直ぐで、澄んだ瞳が、ヴェンの瞳を貫く。

「何も迷うことはない」

 翡翠のように、真っ直ぐに自分の弱さと向き合えたら、良かったのに。その強さが、自分にもあったら良かったのに。羨ましい。と、ヴェンは思う。

「……お前が羨ましいわ」

「? 何故だ」

「いいよ、わかんなくて」

 ヴェンの言葉に翡翠は首を傾ける。わからなくていい。翡翠にわかってもらうつもりで、ヴェンは言葉を紡いでいるわけではないのだ。

「……俺もお前みたいに強かったらな」

「強い? 私が?」

 「むしろ、私は弱いと思うが……」と翡翠は首を傾ける。それは術師としての話で、ヴェンが言いたいのは心の強さの話だ。もちろん、それも翡翠にわかってもらうつもりはない。

「だから、いいよ。お前はわかんなくて」

「???」

 訳がわからない。そう言いたげに眉を寄せる翡翠に、ヴェンは自然と微笑みを漏らしていた。