第13話 燃える静かな炎
「何の御用(ごよう)かしら?」

 ナギサは怒っていた。外見からは分からない、静かに燃える炎のような怒りだ。

「黎明(れいめい)の里はクルセイド軍の干渉を受けない場所。何故、貴方達がここに?」

 黎明(れいめい)の里は伝説に深く関ったと言われている、神聖な場所。本来ならば、和人(イニシオ)と救世主(メシア)しか足を踏み入れることを許されていないのだ。なのにどうしてこの男達が黎明(れいめい)の里に居るのか。

「そう邪険(じゃけん)にされるな。救世主(メシア)様」

 「貴方達を歓迎していません」そう目線だけで語るナギサに対して、オーディアス卿はにこやかに笑う。しかし、そのにこやかな笑顔がナギサには不気味に感じられた。この男が、こんな風に笑うなんて、

(嫌な予感しかしない……!)

 「何か目的なの?」と目線だけでオーディアス卿に問いかけると、オーディアス卿はふっ、と息を吹き出して片側の唇を吊り上げた。

「我々の要求は、ただ一つ」

 ぴっ、とオーディアス卿がナギサの目の前に人差し指を立てる。

「あの男を引き渡して頂きましょう」

「あの男?」

「そうです。貴方様のいつも傍に居る、得体の知れないあの派手な男ですよ!」

「……ヴェンのことかしら」

 ナギサの言葉に、「その通り」とオーディアス卿は目で語った。

「あの男は、10年前に、一つの村を焼き尽くしているのですよ」

 「あの村のように」とディヴァイン神殿でヴェンの姿をした男が言った言葉が、ナギサの頭の中でリフレインする。10年前、同じような事がヴェンの身に起きていたのだろうか。

「その男の名は紅蓮(ぐれん)。その後の消息は不明でしたが……まさかこんなに近くに居たとは!」

 オーディアス卿の大きな声が辺りに響き渡る。愉快そうに笑うオーディアス卿と対照的に、ナギサの機嫌はどんどん下がっていく。

「……何を仰りたいの?」

 オーディアス卿が言わんとしている事が、ナギサには予想が出来たが、それを口にすることはしなかった。オーディアス卿の口から“その言葉”を聞くまでは。

「はっきり言いましょう。あの男こそ、破壊者(ネメシス)だと私は確信しているのです!」

「ヴェンが破壊者(ネメシス)……」

「そうです。……救世主(メシア)様も心当たりがおありなのでは?」

 まるで、オーディアス卿はディヴァイン神殿でヴェンが炎を操ったこと、ヴェンの見に起きたことを知っているような口ぶりだ。

「我々がここに来た理由はもうお分かりになったでしょう」

「オーディアス卿がここに来られた理由は分かりました」

「そうでしょう。そうでしょうとも! では、あの男を引き渡して頂けますね?」 

 オーディアス卿はナギサが自分の意見に同意するものだ、と思っているのだろう。にこにこと実に機嫌が良さそうだ。
 しかし、ナギサはその答えにイエスと言うわけにはいかなった。いや、絶対に無かった。

「それはできません」

「何故です!」

「仮にヴェンが紅蓮(ぐれん)という人だったとしても、私には関係のないこと。ヴェンはヴェンよ」

 ナギサは強い意志を持った瞳でオーディアス卿を見据える。

「紅蓮(ぐれん)なんて人、知らないわ。私が知っているのはヴェンという人だけ」

 そう。ヴェンがユニティを訪れた時から。あの日から、ヴェンはヴェンになったのだ。

「お引取りを」

 ナギサはキッパリと言い切って、オーディアス卿を拒絶した。 ナギサの言葉を聞いたオーディアス卿は、フン、と苛立ったように鼻を鳴らす。

「まあいいでしょう。貴方もいずれ私の話、いや……ご自分の使命が分かる時が来る筈だ」

 オーディアス卿はくるりと踵を返し、後ろに居た部下達に「行くぞ」と声をかけた。オーディアス卿が声をかけると、部下達は「はっ! オーディアス様!」と返事をした。

「……ここで私にあの男を渡さなかったこと、きっと後悔しますよ」

 後ろのナギサを伺うように、ちらりとオーディアス卿が首を動かした。さっさと去っていくオーディアス卿の後姿を見ながら、ナギサは若干の不安は感じたが、それよりもすっきりとした爽快感を感じているのだった。