第8話 桜を見上げて 
「桜だわ!」

 リースの元気のよいソプラノの声が響いた。

「見て見て! こっちこっち! 桜が咲いているの」

「まあ」

「桜か」

「咲き始めたようだな」

 「綺麗」「素敵」と矢継ぎ早に言葉を続けて、リースは桜を絶賛する。はしゃぐリースとは対照的に、ナギサ、ヴェン、翡翠は静かに咲き始めの桜を見上げた。

「今はまだ咲き始めだけど、きっと、この桜が満開になったらもっと素敵なんだろうなあ……」

「リースは本当に、桜が好きね」

 桜を見上げて目をキラキラと輝かせるリースを見るナギサは、微笑ましそうににこりと笑顔を見せる。
 ナギサは首を後ろに動かして、ヴェンをちらりと見た。

「……いいの?」

「何がだ」

 ヴェンは訝しげに片眉を上げた。

「カイトくん。心配でしょう? 私に付いてきてよかったの?」

 ナギサの言葉に合点がいったように、ヴェンは「ああ」と顔を緩ませた。

「あいつなら大丈夫だ。キンドレッド卿が居てくれるしな。それに、ああ見えてアイツ、芯が強いんだぜ」

「そう? ならいいけど…少し心配ね」

 そうね。と渚は考える様子で頬に手を当てた。

「修行の合間に少し様子を見に行こうかしら」

「カイトくんも、ヴェンが居てくれた方が、安心するでしょうし」

「大丈夫だって……」

「そうよそうよ。あんたが居なくたって、ナギサちゃんの護衛はこのリースちゃんと翡翠さんで間に合ってるんだから!」

「ね、翡翠さん」

「大丈夫だ」

「お前は俺を護衛から外したいだけだろ」

「そんなことないわ。私はカイトくんの事を思って言ってるのよ」

「俺にはそうは思えねェけどな」

「2人とも、」

 にっこり。と救世主らしい完璧な笑顔のナギサだか、背後から黒いモヤのようなものが見えるのはリースとヴェンの気のせいだろうか。しかもなんか怖い。とにかく怖い。

「同じ護衛同士、仲良くね?」

「だ、そうだ。護衛のリースちゃん?」

「チッ」

「リース?」

「は~い。分かりました」

 リースが素早く返事をしたことによって、現れかけていたナギサの背後の黒いモヤのようなものはすぐに消えてなくなった。

「よく分からないが、上手くまとまったようだな」

「まとまったというか、まとめられたというか……」

「リース?」

「分かりましたよぅ。ナギサちゃん」

 リースはぶすりと頬を膨らませた。「分かった」という言葉とは裏腹に、顔には「納得できない」と書いている。

「じゃあ、行きますか〜」

「分かった」

「仕方ないわね。ヴェンとリースは」

 ナギサは頬に右手を当て、やれやれ、といった様子でリースと翡翠の後を後を追って歩き出した。

「いや、いつもアイツが一方的に突っかかって来るんだけどな…」

 ヴェンの小さな呟きは、前を歩くナギサ達には聞こえなかったようだ。