第7話 翡翠とケーキ 
「暇だね」

 ぱくり。

「暇ね」

 ぱくり。

「甘ェ」

 ぱくり。
 ナギサ達の前には、8等分に綺麗に切り分けられた1切れ分のタルト。それをフォークで切って頬張る。「嫌なら食べなくていいです〜!」とリースがじとりとヴェンを睨んだ。

「救世主の修行が始まるまで黎明の里で待機、というのが伝説の慣わしだよね」

「そうね。救世主としての初めての使命はディヴァイン神殿で受ける、だったかしら」

「そうだな。ディヴァイン神殿は満月の夜に行くんだったな」

「ヴェンにしては、ちゃんと覚えてんじゃん」

「お前……俺をなんだと思って…」

 いつものヴェンとリースのやり取りをBGMに、ナギサはフォークで切り分けたタルトを口に運ぶ。苺とブルーベリーの甘酸っぱさと、生クリームの甘さが口の中で踊る。「やっぱりリースの作ったケーキは最高ね」と満足気にナギサは心の中で呟いた。

「失礼する」

 がらりとふすまを開けて翡翠が現れた。

「これからの救世主の修行だが……それは、」

「ケーキです」

 翡翠さんもいかがですか? と言葉を続けようとして、リースの思考はぴたりと止まった。翡翠はいかにもケーキとか、甘いものが苦手そうだ。どっかのヴェンみたいに。翡翠にケーキを勧めようか迷っていると、

「翡翠様もいかが?」

 リースの思考をぶった切るように、ナギサが悠々と翡翠にケーキを勧めた。リースは「ナギサちゃん!」と心の声で全力でツッコむ。
 そんなリースの様子はお構い無しに、「リースが作ったタルト、美味しいのよ」と、ナギサはにっこりといい笑顔で翡翠の返事を待っている。

「失礼します」

 がらりとふすまが開き、茶髪の小柄な少年が現れた。リースにとっては本当の救世主かもしれない。

「紫苑くん」

 「リース様、こんにちは」と人の良さそうな笑顔で紫苑と呼ばれた少年はにこりと笑った。
 「久しぶりだね」とリースが少年に話しかけると、紫苑と呼ばれた少年は、「久しぶりです、リースさん」と返事をした。

「ケーキをお持ちしました。出雲様が翡翠様もどうぞ、と」

「頂こう」

「翡翠様、リース様のケーキを心待ちにしていましたもんね」

よかったですね。と紫苑はにこりと笑った。

「「「えっ!?」」」

 穏やかな笑顔を見せる紫苑とは対照的に、ナギサ達は目を見開いて驚いた。

「あたしのケーキを心待ちにしているお弟子さんって……」

「私だ」

 リースの言葉に翡翠はきっぱりと即答で返事をした。

「意外ね……」

「意外だな……」

「出雲さん、甘いものが苦手みたいな雰囲気あるから」

 「てっきりケーキは要らない、って言われるのかと思いました」と、どこか気恥しそうに、リースはおずおずと声を出した。よく見ると、頬が赤い。

「じゃあ……どうぞ召し上がれ?」

「頂こう」

 リースとは対照的に翡翠は相変わらず無表情だが、どこか嬉しそうな雰囲気を漂わせているのは、ナギサ達の気のせいではないようだ。