第11話 同じ姿をした誰か
 コツコツ。コツコツ。
 ナギサ、リース、ヴェン、翡翠はディヴァイン神殿の中を歩いていた。ナギサ達が歩く度に、靴底が床に当たる音が響く。日が落ちた夜だということもあって、ディヴァイン神殿の中はヒヤリとした冷たさと、しん、とした静けさをまとっていた。

「それにしても怖っ! 幽霊でも出て来そうな感じ!」

「幽霊って、リース……」

 リースの言う“幽霊”では無いかもしれないが、得体の知れない“何か”が突然現れてもおかしくない雰囲気だ。

「大丈夫だ。その時は私が排除する」

「翡翠さん頼もしい!」

「本当ね。ヴェン?」

 ナギサはヴェンに話を振った。何故なら、神殿に足を踏み入れてから、1度もヴェンの声を聞いていないからだ。

「今宵はこんなに明るい満月だ。何が起きてもおかしくはない」

「……」

 何かがおかしい。そうナギサの直感が告げている。姿形はどこからどう見ても紛れもないヴェン本人だと言うのに、“違う”と心がそう訴えるのだ。

「ヴェン、……いいえ、」

 片眉を上げて怪訝そうに顔を歪めるナギサは、不敵な笑みを浮かべるヴェンを見て、それは“確信”へと変わっていく。

「貴方……誰かしら?」

 ナギサはその“確信”を、確かめることにした。

「救世主が私を知らぬとは……愚かな」

「きゃあ!」

「くっ!」

「!」

 ヴェンの姿をした男が、手を前にかざすと突風が吹いた。その風の強さでナギサとリースは後ろへ飛ばされてしまったが、翡翠は術で防ぎ、後ろへ飛ばされることは無かった。

「いたたたた……何? あいつどうしちゃったの?」

 飛ばされた勢いでしりもちをついてしまったリースが、腰をさすりながら立ち上がった。

「リース、あれはヴェンじゃないわ」

「え? どういうこと?」

「その通り。今、目の前に居るのはヴェンだが、ヴェンではない」

「ここは私に任せろ」と言って、翡翠は首に掛けていた数珠を胸の前でかざす。

「かの者を封ぜよ! 急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)」
 翡翠が数珠を胸の前でかざすと、ヴェンの姿をした男の立っている床の周りに五芒星(ごぼうせい)が現れた。その五芒星(ごぼうせい)はまるで柵のように、ヴェンの姿をした男の周りを取り囲むように光り輝いた。

「お前は……人形、か」

「!」

 ヴェンの姿をした男が声にした“人形”という言葉に、翡翠はぴくりと肩を震わせて反応した。ヴェンの姿をした男が手を前に振り降ろすと、ヴェンの周りを柵のように囲っていた光は消えてしまった。

「人形如きの術、私には効かぬ」

「やはり……」

 翡翠はその続きの言葉を声にしなかった。しかし、「私では」と口が動くのをナギサは見てしまった。

「この地も焼き尽くしてしまおうか……あの村のようにな」

「あの村?」

 どういうことだろうか? ナギサが思考の海に漂っている間に、ヴェンの姿をした男が手のひらを胸の前でかざす。すると、ナギサ達の周りを赤い炎が囲った。ナギサ達の周りを柵のように囲った赤い炎は、段々と範囲を広げ、ナギサ達に迫ってきた。

「まずいわね……このままじゃ私達は燃えてしまうわ」

「……」

「……」

「リース? 翡翠さん?」

 翡翠は先程ヴェンの姿をした男に“人形”と言われてから、まるで魂を抜かれたように呆然と立ちすくんでいる。同じようにリースも、びしりと固まっている。それに、顔色が悪い。

「はぁはぁはぁ……」

「リース?」

「嫌! 来ないで!」

「リース!」

 リースの呼吸が荒くなり、リースはガタガタと身体を震わせていた。まるで取り囲む炎に怯えているように。

「熱っ!」

 いよいよ周りを取り囲んでいる炎がナギサの足元まで迫ってきた。考えろ。考えるのよ、ナギサ。ナギサは頭の中をフル回転させて、この状況から逃げる方法を考えた。ヴェンが、ヴェンに戻ってくれさえすれば……!

「ヴェン……!」

 ヴェン、お願い。戻ってきて。ナギサは願い、縋るようにヴェンを見つめた。

「……じゃねェ」

 ナギサ達の足が、いよいよ赤い炎で燃えようとした時、ヴェンの姿をした男がぼそりと呟いた。

「俺の仲間に、手を出すんじゃねェ!」

 ヴェンだ。ヴェンが戻ってきてくれた。ナギサはそう実感した。良かった。本当に良かった。ナギサが嬉しさの余り、「ヴェン!」と大きな声でその名を呼ぼうとした時、ヴェンの大きな身体がぐらりと傾いた。ヴェンの身体がぐらりと傾いたと思ったら、そのまま床にどさりと倒れてしまった。その拍子にナギサ達を囲んでいた炎も消える。

「ヴェン!」

 ナギサが慌ててヴェンに駆け寄ったが、ヴェンの意識は無かった。どうやら気絶しているようだ。

「……ヴェン」

 ナギサはその名を呼んだが、当然ながら返事は無い。ヴェンから聞かなければならないことはたくさんあるが、ヴェンがヴェンとして戻ってきてくれたこと。その嬉しさでナギサはの顔は緩んでしまうのであった。