第6話 黎明の里
 折りたたんだ足から、井草の柔らかい感触が伝わってくる。

「ようこそいらっしゃいました」

 縦に長くて黒い烏帽子を被り、狩衣装束を着た、長身の男性がお辞儀をする。ナギサさんにリースさん、ヴェンさん。と名前を呼びながら、それぞれの顔を見る。

「お久しぶりです! 出雲さん」

「出雲様、お久しぶり」

「久しぶりだな」

 出雲と呼ばれた男性は、それぞれの返事を聞いて、にこりと笑った。

「はい、これ!」

 リースは腕をピンと伸ばし、持っていたケーキ箱を出雲に差し出した。

「中を見ても?」

「もちろん!」

 ちらりと上目で伺う出雲に対し、リースはすぐに返事をした。

「これはまた、美味しそうですね」

「今回は苺とブルーベリーのタルトにしてみました」

 いつものお弟子さんにも食べてもらって下さいね。とリースはにっこりと笑った。

「弟子も、リースさんのケーキを心待ちにしていたんですよ」

 きっとすごく喜びます。ありがとうございます。と出雲は軽く頭を下げた。

「さて、今回の救世主の修行ですが…」

 出雲は、リースから受け取ったケーキ箱をコトリと右に置いた。

「今回、“黎明の里”からも1人、救世主の護衛に付けたいと思います」

「翡翠、こちらへ」

 出雲が後ろのふすまにちらりと目をやると、それが合図だったかのように「はい」と男性の声が聞こえた。がらりとふすまを引き、部屋の中に入ってきた青年に見覚えがあった。

「あの時の!」

「リースを助けて頂いた人ね」

 部屋の中に入ってきた青年は、狼からリースを助けた青年であった。出雲の左横に足を折りたたみ、翡翠と呼ばれた青年は正座した。そうしてそのまま、青年は両手の手のひらを畳につけ、頭を下げた。その拍子に、腰まである長い髪がさらりと揺れる。

「翡翠と言う」

 翡翠と名乗った青年は頭を上げる。キリリと涼しげな目元と、宝石のような綺麗な翠色の瞳が印象的だ。

「今回の救世主修行の旅に、護衛として私も同行する」

「ありがとう。よろしくね」

「よろしくお願いします」

「へェ。和人(イニシオ)の術使いがナギサの護衛か」

それまで黙っていたヴェンが、興味深そうに翡翠を見た。

「ええ。翡翠は黎明の里でも一番の術使いです」

 きっと、ナギサさんの役に経つと思います。と翡翠は柔らかい笑みを翡翠に向ける。
「師匠の命を全うするまでだ」 

 出雲とは対照的に、翡翠は表情を変えず淡々と言葉を発した。
下を向き、もじもじと手指を動かしていたリースが、意を決したようにぱっと顔を上げた。

「……あの、さっきはありがとうございました。助けて頂いて」

「当然のことをしたまでだ」

 表情を一切変えず、翡翠はきっぱりと言い切る。

「でも、お礼を言いたくて。ありがとうございました」

「そうか」

 食い下がったリースに対して、淡々とした音色で翡翠は軽く受け止めた。

「すみません。翡翠はこのように無愛想なもので」

「いや、強い奴が護衛に付いて心強ェよ」

「そうね」

 微妙な空気に包まれているリースと翡翠を他所に、翡翠さんとどうやったら仲良くなれるかしら。とナギサは考えた。