第27話 想い想われ
『私が術を使えなくても、術師ではなくなっても、それでも、お前は私を必要としてくれるか?』
『もちろん!』
私の問いに、間を空けずに「もちろん」と答えてくれたリースの様子を思い出す。お前がそう言ってくれるのなら、私はーー。
「どうした、翡翠? まだ何か用がーー」
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「ナギサちゃん! 大変!」
ぱん! と勢いよくふすまが両側に開かれ、顔面蒼白になったリースが飛び出してきた。
「翡翠さんが! 翡翠さんが……!」
今にも泣き崩れそうで、それでいて混乱しているような表情をしたリースが、落ち着きなく手足を動かした。リースはパニック状態に陥っているようだ、とナギサは思う。
「落ち着いて、リース」
話を聞く前に、パニック状態のリースを落ち着かせようと、ナギサはリースの両肩に両手をゆっくりと置いた。
「翡翠様が、どうしたの?」
パニック状態のリースを刺激しないように、ナギサはできる限りゆっくりと言葉を紡いだ。ナギサが言葉を紡ぎ終えると、とうとうリースは泣き出してしまった。
「翡翠さんがぁ……壊れてしまったの……!」
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「これは……」
黎明(れいめい)の里の庭。そこには、翡翠の身体が横たわっていた。身にまとっている着物はあちこち泥で汚れ、いつも首からかけている数珠はバラバラに砕き壊れ、目は何も映さず生気がない。まるで死んでしまっているようだ、とナギサは思った。
「皮肉なことに、翡翠はただの“器”、……“人形”になってしまいました」
後ろから出雲がゆっくりとした足取りでわ近づいて来た。器? 人形? どうしてそうなったのか。ナギサは疑問に思った。
「翡翠様は、どうしてこのようなお姿に?」
「……翡翠は……この宝玉に、ヴェンさんに降りている者を封印しようとしたのでしょう」
出雲がしゃがみこみ、バラバラに砕けてしまった数珠の中で、一つだけ玉の形を保っている宝玉を手に取る。
「封印には成功した。しかし、力を使い果たしてしまった。力を使い果たすと、犠牲を伴います。それで、このような姿に」
「悪い、俺のせいで……」
「謝らないでください、ヴェンさん」
申し訳なさそうに眉を下げるヴェンに、出雲は穏やかににこりと笑いかけた。
「翡翠は元より救世主(メシア)を危機から守るために作った、“人間”。……翡翠は無事に役目を果たしてくれました」
「そんな……」
リースが絶望の色を含んだ声を上げる。翡翠を元に戻すことはできないのか。翡翠ともう一度話すことはできないのか、とナギサは思った。恐らく、リースも同じことを思っているだろう。
「……出雲様、翡翠様を元に戻すことはできないのですか?」
「残念ながら、私の力ではなんとも。……ですが、」
出雲がゆっくりと立ち上がり、流れるような目付きで、じっ、とリースを見つめた。
「リースさん。貴方なら、貴方の力なら、抜け殻になってしまったこの身体に、翡翠の魂を呼び戻すことができるかもしれません。……暁人(あきひと)師匠の娘である貴方なら」
「私?」
出雲に名指しされたリースは、きょとん、と目を丸くした。
「……確かに、パパは偉大な力を持った黎明(れいめい)の里の長であったけれど、私にそんな力があるのかな……」
「分かりません。しかし、やってみる価値はあると思います」
「私からもお願いするわ、リース」
リースが不安気にナギサをじっ、と見つめる。ナギサはリースの気持ちに応えるように、こくり、と首を縦に振った。
「……分かりました。やってみます。だって、翡翠さんと、また会いたいから」
リースは意を決したような強くて、それでいて優しい目で横たわっている翡翠を見つめる。
「私にできるかな、ナギサちゃん」
「大丈夫。きっと翡翠様なら、応えてくれるはずよ」
「うん、そうだね。やってみる」
リースはナギサの言葉にこくりこくりと、首を縦に二回振った。それから、強い決意を含んだ目で、出雲を見つめた。
「それで、どうすればいいんですか? 出雲さん」
「まずは、翡翠の身体に両手をかざし……」
「こうですか?」
「そうです。次は……」
リースと出雲のやりとりを見守りながら、「どうか翡翠様ともう一度会えますように」とナギサは願った。