第14話 それぞれの想い
 しん、と静まり返った黎明(れいめい)の里。
 日が落ち、真っ暗になった辺りには誰もいない。それを見計らって、そろりと扉を開け、片側の足で土を踏んだ。 じゃり、じゃり、じゃり。足で土を踏む度に、砂と石が押さえつけられた小さな音がするが、なるべく音を立てないように、ゆっくり足を動かす。

「ちょっと、何処(どこ)に行く気?」

 数歩足を進めたところで、背後から声をかけられた。顔を見なくても分かる。声の主は、リースだ。

「……お前、分かってんだろ」

 ヴェンはリースに背を向けたまま、言葉を投げた。

「確かに、私はあんたが今、何処(どこ)に行こうとしてんのか大体分かってる」

「ならほっとけ。俺が居ない方が、お前にとっていい筈だろ」

 リースは自分を嫌っている筈。自分がナギサの傍から消えたなら、リースは喜ぶはず。そんなリースが何故自分を引き止めるのか。ヴェンにはその理由が分からなかった。

「確かにそうね。私、あんたのこと、嫌いだし。自分からナギサちゃんの傍から消えてくれるのなら、そりゃサイコーって感じ」

 リースから予想通りの答えが返ってきた。けれど、どこか悔しそうで悲しそうな、複雑そうに顔を歪めた。

「……けどね。あんた、昼間のナギサちゃんとオーディアス卿の会話、聞いてたでしょ?」

「だったらなんだ」

「自分の使命より、救世主(メシア)じゃなくて、ナギサちゃんとして、あんたを選んだ」

「……」

 『ヴェンはヴェンよ』と言ったナギサの言葉が、ヴェンの頭の中で再生される。ナギサがそう言ってくれたこと、自分を庇ってくれたことに、ヴェンの心はとても暖かくなった。とても嬉しかった。

「あんたが居なくなると、ナギサちゃんが悲しむの。私はそんなナギサちゃんを見たくない。……だから、あんたを止めただけ」

 自分が居なくなるとナギサが悲しむ。その言葉通り、自分が居なくなるとナギサは悲しむだろう。けれど、ヴェンはここでナギサの元へ戻るわけにはいかなかった。

「……そうだとしても、俺はあいつの傍に居ることは出来ない」

「それはあんたが破壊者(ネメシス)かもしれないから?」

「それもあるが。……あいつを母上のような目にあわせるわけにはいかねェ」

 ごうごうと燃える炎の中。膝をついて倒れている女性が、必死に何かを伝えてようとしている映像が、ヴェンの頭の中で再生される。 ナギサをあんな目に合わせたくない。あんな思いは、もうごめんだ。

「あんたのお母さん? って、ちょっと!」

 「待ちなさいよ!」というリースの怒りの声が背後に投げかけられるが、ヴェンは無視をして歩き進めた。